2025.06.30 インタビュー

味噌と腸内細菌の深いつながり 〜 腸内細菌研究者・菅沼さんが語る、萬年屋の味噌の未来〜

味噌と腸内細菌の深いつながり 〜 腸内細菌研究者・菅沼さんが語る、萬年屋の味噌の未来〜

発酵食品への情熱、研究への道

ー 本日は、腸内細菌の研究者であり、株式会社bacterico(以下、バクテリコ)代表取締役の菅沼さんにお話を伺います。まずは、菅沼さんのご経歴と、現在取り組まれている活動について簡単にご紹介いただけますか?

 はい。元々、ずっと予防医学に興味がありまして、大学院ではその分野の研究を続けていました。卒業後は、食品メーカーに就職し、そこでは腸内細菌の研究に携わっていました。具体的には、「どんなものを食べたら人は健康になるのか」「その時の腸内細菌はどのような状態なのか」といったことを調べていました。

 しばらく働いた後、「一人ひとりに合った食生活や、個々人の腸内細菌をもっと詳しく見て、人々を元気にしていきたい」という思いが強くなり、独立を決意しました。その後、大学に所属して研究を続けながら、研究で得られたデータを社会実装するために、バクテリコを設立しました。

ー なるほど。予防医学への興味から、腸内細菌、そして腸内細菌に影響を及ぼす発酵食品などの食にも関心が広がっていったのですね。発酵食品、特に味噌への思い入れが強いとお聞きしていますが。

 そうなんです。発酵食品がとにかく大好きで、これまでに日本国内は47都道府県すべて、海外も35カ国ほどを巡って、各地の発酵食品を味わってきました。その中で、日本の伝統食である味噌の素晴らしさを改めて実感したんです。

ただ、海外には日本人が持っている体に良いイメージを持つ方が少なく、単に調味料として認識されていることを知り、もっと味噌の魅力を伝えていきたい、世界に発信していきたいと考えるようになりました。最近は、そのための研究にも力を入れています。


味噌の研究 – 菌の多様性と健康効果、萬年屋の味噌の魅力

ー 現在、特に力を入れている味噌の研究について、詳しく教えていただけますか?

 作り方や作り手が異なる味噌に含まれる細菌叢や代謝物を解析し、健康に与える影響を科学的な視点で解明すべく研究しています。あわせて、味噌に含まれる菌が腸内フローラにどのような影響を与えるのかについても研究していきたいと思っています。

ー 味噌が発酵食品として魅力的なところはどこでしょうか??

 戦国時代、各藩が抱えているの兵士を強くするために、独自の味噌を作っていたといわれています。つまり、味噌は各地の「勝ち飯」のような存在だったのではないかと。

 例えば、寒い地域では体を温める効果がある味噌、感染症が流行りやすい地域では免疫力を高める効果がある味噌など、地域や目的によって異なる特徴があったのではないかと想像しています。

つまり、その地域特性、人たちに合わせた健康効果をもたらしていたのではないかと思います。

ー 研究対象としている味噌の種類は?

 味噌玉作りや木樽作りなどの製造方法や、麹、原料の異なる約30蔵の味噌を調べています

ー 研究の進捗状況はいかがですか?

 まだ研究は進行中ですが、来年頃には結果を発表できる見込みです。まずは味噌自体の分析を進め、将来的には、味噌の摂取と腸内細菌の変化の関係性を明らかにしていきたいと考えています。

ー 今回、萬年屋さんの味噌を分析されたとのことですが、どのような特徴がありましたか?

 はい、萬年屋さんの味噌玉作りは、他の味噌と比較して菌叢が異なっていました。その一つに、一般に乳酸菌として知られているLactobacillus属の違いがありました。

 萬年屋さんの従来製法と味噌玉作りを比較した結果、味噌玉作りの過程において乳酸菌、Lactobacillus属の存在が確認されました。このことから、Lactobacillus属による発酵、つまり乳酸発酵は特定の製法に起因している可能性が高いと考えられま

 また、興味深かった点としては、味噌玉から『酪酸』を産生すると考えられる菌が検出されたことです。京都工芸繊維大学の竹内道樹先生(当時京都大学)による分析によって、味噌サンプルから酪酸が検出され、酪酸菌による代謝産物であることが確認されました。

 酪酸は短鎖脂肪酸の一種であり、大腸細胞の主要なエネルギー源として機能します。近年の研究では、酪酸が腸管免疫調節、炎症抑制、腸管バリア機能強化など、多岐にわたる健康効果をもたらす可能性が報告されています。

 従来、酪酸菌はぬか漬け(ぬか床)に存在することは広く知られていましたが、通常の製法による味噌には含まれないと考えられてきました。この発見は、味噌玉製法特有の環境が酪酸菌の生育を促進した可能性を示唆しています。

熟成による菌の変化

 また、熟成年数の異なる味噌(1年〜5年物まで)を分析したところ、菌の種類が年々ダイナミックに変化していることが分かりました。

【1年目〜3年目】 様々な菌が共存し、活発に活動している状態です。多様な代謝物が生成されています。こうした代謝物が味噌の味わいにも影響を及ぼしていることが考えられます

【4年目、5年目以降】 特定の1種類の菌が優勢になり、それ以降は菌の種類があまり変わらなくなる傾向があります。そのため、味の変化も少なくなる可能性があります。また、熟成が進むと、耐塩菌が多くなる傾向がみられました。

 今回分析をしてみて、熟成の過程で、まるで生態系のように菌同士が競い合い、環境に適応した菌が生き残っていく様子が観察できました


味噌の未来、伝統と革新

ー 手前味噌作りについて、どのようにお考えですか?

 手前味噌作りは、ご家庭で発酵食品に親しむ良い機会であり、微生物の働きを身近に感じられる素晴らしい体験だと思います。発酵食品が好きな、腸内細菌の研究者として、多くの方に発酵の世界に興味を持っていただきたいと願っています。

ー 最後に、今後の展望についてお聞かせください。

 味噌に関するイベントも企画していきたいと考えています。研究者と味噌蔵の作り手が直接対話できる交流の場を設け、研究報告会を開催することで、日本の伝統文化である味噌づくりの知恵を後世に残し、世界にも発信していくお手伝いを研究面からサポートしていきたいと思っています。

 萬年屋さんのような伝統ある味噌蔵との協働を通じて、味噌の微生物叢を詳細に解析することで、日本人の腸内細菌叢の特徴を紐解く新たな発見や、腸内環境に好影響を与える味噌由来の微生物や代謝産物が発見されると面白いなと思います。

(おまけ)菅沼さんの味噌ライフ

ー 普段、菅沼さんはどのように味噌を使われていますか?

 味噌の研究を始めて、様々な味噌があり、それぞれ味が違うことがわかってからは、より意識して使うようになりました。例えば、味噌汁用、鍋用、炒め物用など、料理によって味噌を使い分け、菌が作り出す味噌の味の違いを楽しんでいます。また、夏は野菜スティックに味噌を添えたり、冬は味噌鍋を楽しんだりと、季節ごとの味噌料理も味わっています。

ー 菅沼さんの味噌のルーツは、名古屋にあるそうですね。

 はい、名古屋出身です。ですから、子供の頃から味噌には親しんできました。例えば、おでんは味噌味が普通だったので、他の地域で初めてだしのおでんを見たときは、「味噌を使わない透明なおでんもあるんだ!」と驚きましたね。幼少期はおでんだけでなく、ハンバーグや冷ややっこにも味噌をかけるのが当たり前だと思って過ごしていました。

ー 菅沼さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。今後のご活躍を期待しています!

ありがとうございました。

 

取材:播 -maku-
写真:市橋 正太郎