味噌玉造りを知る

熟成させている味噌玉

味噌玉造りとは

味噌がいつごろ日本に伝わったのか、定かではありません。一般的には今から千五百年ほど昔、仏教などと共に大陸から伝来したものと考えられています。
味噌玉造りという製法は、その当時から今につながる最古の味噌の製造方法です。
春三月、桃の花が咲くころ味噌の仕込みが始まります。大窯で蒸しあげた大豆をつぶして玉状に形成し(これを「味噌玉」と言います)、塩も糀も入れない状態の味噌玉を、棚に並べて三週間ほど熟成させます。通常、煮た大豆を三週間も放置したら、腐敗して食べられなくなってしまうでしょう。そこに古人の知恵があり、この季節に味噌玉を作ることで、味噌玉の乾燥と熟成が絶妙に行われるのです。

この間、蔵に住み着いた様々な菌が味噌玉に付着することにより、蔵がもつ独特の風味が味噌に加えられます。一般的な味噌は、最初から大豆・糀・塩を混合するため、塩を好む菌(好塩性)しか作用しません。しかし、この時点では味噌玉には塩分が入っていないため、一般的な味噌では得ることのできない菌が作用することも、味噌玉造り味噌の大きな特徴の一つです。
信州松本の風土と、長年にわたり蔵に住み着いてきた様々な菌の働きが、萬年屋の味噌玉造り味噌を支えているのです。

豆蒸しした大豆
味噌樽

味噌玉造り味噌は、昭和五十年代ころまでは日本各地で継承されておりました。味噌玉を作り、自然界に住む菌を取り入れることで、大豆と塩だけで味噌を作ることができるからです。
本来、味噌作りには発酵のスターターとなる酵素が欠かせません。
現在では多くの味噌にスターターとして米麹が使用されておりますが、江戸時代まで米は大変な貴重品でした。農民でも作った米は年貢として取り上げられてしまい、日常の食物は芋・粟・稗・蕎麦などの雑穀で、生涯米を食べたことがない人も数多くいたようです。そうした中で味噌づくりに米麹を使用するなど到底不可能なことでした。
農民たちは田畑の畔で大豆を作り、味噌玉にして天然の酵素を取り込むことで、味噌を仕込んでいたのです。

今日では味噌玉に麹も加えられ、かつてとは比べるべくもない美味しい味噌が製造されているわけですが、現在わたくし共で知る限り、味噌玉造り味噌を継承している蔵は、全国で五軒にすぎません。千五百年の食文化の伝統を絶やさないことが、わたくし共の責務だと考えております。

熟成させている味噌玉
手作り田舎味噌萬年屋看板

味噌玉造りの工程

01 豆蒸し

一度に原料大豆540kgを蒸します。仕上がりはおよそ1080kg、2倍になります。

豆蒸し
02 釜出し・整形

蒸しあがった大豆をチョッパーに通すと、直径20cm程の円柱状になって出てきます。
これを1玉6kg、計180個を目標にカットします。カットして整形したものを「味噌玉」と言います。

味噌玉の成形
03 玉並べ

円柱状の味噌玉をさらに縦半分、3kgにカットし、風通しの良いようにスノコの棚に並べます。

並べられた味噌玉
04 味噌玉熟成

並べた味噌玉はおよそ3週間熟成させます。この間、気温が低いと熟成が進まず、高すぎると雑菌が繁殖してしまいます。最も神経を使う工程です。

並べられた味噌玉
05 混合・仕込み

熟成の度合いをチェックして仕込みに入ります。味噌玉を洗って砕き、糀・塩・水と混ぜてタンクに仕込みます。

豆蒸しをする蔵元
06 蔵で熟成

仕込みタンクを蔵に移動。ひと夏を越すことで味噌が出来上がります。前年の仕込み分が終了したものから順次、新味噌に切り替えていきます。

味噌樽